妄想カジちゃん

妄想を垂れ流しています。

部活動に必要なのは「選択権」だ

最近、甲子園出場を果たした下関国際監督の指導法が厳しすぎると、部活動のことが話題になっていました


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参考記事:「文武両道あり得ない」下関国際・坂原監督が野球論語る|野球|スポーツ|日刊ゲンダイDIGITAL

 

実際は「この学校が教育困難校であり、この厳しいやり方でないと甲子園に行けなかった」とか「記者にかなり印象を捻じ曲げられ、実際はもっと穏やかな人間」との反論もあるようですが

こういった強制的な指導は、世間から反応されやすい話題とは言えるでしょう。

 

これらの”部活動問題”についてですが

私は「選択権をきっちり確保すること」が解決につながると考えています。

 

■生徒の選択権

基本的に部活動は、生徒らが「自発的・自主的に活動するもの」だと考えられています。

ですがその実態は、どことなく帰宅部に冷たい視線が注がれていたり、「加入率の目標100%!」と掲げられていたのは、私の母校だけでしょうか?

 

上記の監督のように「教育困難校では、自主性に任せてると怠けるから駄目だ。強制が必要な時もあるのだ」との意見もあるでしょう。

ですが、本来学校で強制が必要なのは授業であり、部活は「特別活動」に過ぎません。

 

「部活動で『協調性』『夢中になる楽しさ』などを学んだ」などの意見に対しても、それは教室で学ぶべきものです。

授業を通して模試の点数が上がった、なんてのは二流で、クラスの皆とのコミュニケーションや、学ぶことが夢中になれる授業の実現こそが、一流の教員のはずです。

 

もちろん部活動を否定しているわけではありません。ただあくまで「特別活動」です。

その事実がある限り、部活動に参加する・しないの選択権は、しっかりと確保されるべきです。

 

■教員の選択権

前述したように、部活動は「特別活動」です。

つまりそれは、教員にとっても、いわばオマケの仕事であり、本来の教員の仕事は「授業」のはずです。

 

そんな大事な仕事があるので、その授業準備に力を入れようとするのは当然のはず。もちろん、特別活動の部活より力を入れるのも当たり前の話ですよね。

少なくとも「部活を教えたくて教師になったんだ」と言うのはお門違いですし、それならスイミングスクールやヤマハ音楽教室の講師になった方が、幸せな仕事人生を歩めると思います(いや公務員は安定してるから・・なんて言う人は、子どもの為にそれこそ今すぐ辞めてください)。

 

顧問もやるか・授業に専念するかの選択権も、しっかりと確保されるべきです。

 

■部活動は本来”異常”だ

「そんなに規制されたら、部活動に打ち込んでいた子どもらが可哀想だ」との意見に対しては、そもそもの前提をひっくり返す必要があります。

その考え方こそが異常であり、あくまで「特別活動」との考えを徹底させるべきです。

 

部活動のようなサービスが無償なのがおかしいのであって、それなら予算を出して外部講師を派遣したり、習い事をすればよいでしょう。

少なくとも、その負担をこれ以上学校に押し付けるべきではありません。繰り返しになりますが、あくまで「クラス」での学びが第一に考えられるべきです。

 

最後に、帰宅部」に対するネガティブイメージも異常です。むしろ、閉じられた学校から飛び出して外の世界を色々知れるチャンスです。

アルバムで「帰宅部」コーナーだけ作られていないのも不憫です。しっかり載せてあげましょう。

 

おしまい。